私は悪くなかった
果たして私が両親から受けた暴力・暴言は虐待だったのだろうか。
全く愛情が無い親では無かったから、どんなに辛くても周りの大人はなかなか受け止めて貰えなくて私はさらに苦しみながら生きてきた。
でも、傷付いた事実がここにあるから躾では無かったと思う。
そんな私だったけど大学進学を機に家を出て、辛い環境を抜け出して半年が経った頃、今私が抜け出すべきものを心の中に見つけて、相談室に飛び込んでみた。
一生懸命自分と向き合って、それを目に見える形で残してみたくなって始めたブログ、ここまで続くとは思いもしてませんでした。
その時に思った事をそのまま文字にしているので、重複していたり矛盾している事も沢山あるかと思います。
それでもいつも読んで下さっている方には感謝の気持ちでいっぱいです。
さて、今日はようやく1番書きたかった記事です。
幼い頃の私
周りの子より若干発達が遅かったらしい。
夜泣きも酷く、食べる物もかなりこだわっていた。
だけどなかなか自分の思いを話せなかったから、両親は苦労したと聞いた。
言語聴覚士さんにお世話になっていたらしい。
後に私が歌の道に進んだ事を聞いてかなり驚かれたそう。
体も弱く、幼稚園を休みがちだった。
幼稚園に行くのを凄く嫌がっていた。
3歳の頃から将来が不安だったのを覚えている。
私の母
母は自分のペースが乱されるとキレる。それは記憶のある3歳の時からずっと。
今も自己中心的な性格を展開させている。笑
子育てはいかに待てるかが大事だと思うけど、それがめちゃめちゃ出来ない母親なのであった。
でもなんだか妹とは私よりうまくいってる。
うまくいかないのは優位感覚のせい?
優位感覚は視覚型・聴覚型・身体感覚型の3つに分かれていて、どんな人もこのどれかで分類する事が出来るらしいです。(詳しい説明は割愛させて下さい)
日本人の場合は約70%が視覚型、20%が聴覚型、10%が身体感覚型だそうです。
自分の優位感覚が分かると自分について詳しくなれた気になって面白いので、良かったら調べて見て下さい。
母は視覚型で私は聴覚型
臨床心理士の方に言われたのでかなり信憑性があると受け止めています。
視覚型の母は視界に入った事が言葉としてどんどん出てくる、話は止まらないし、話題はしょっちゅう飛んでいってしまう。
聴覚型は視覚型に比べると慎重で行動も1テンポ遅いらしい。よく行動がトロいと言われ続けてきたが、それは慎重派だからと言われて気分が楽になった。
そんな慎重派の私、母親にほぼ全ての言動について指摘され、まくし立てられ、余計に萎縮してしまい、それを受けて母はさらなる追い打ちをかける。
もうどうにも動けないんです。
これ、めちゃめちゃ悪循環。という結論に導いて頂きました。
聴覚型は口喧嘩が苦手
口喧嘩苦手でしょ?と言われ、図星をつかれた気持ちになった。
自分の気持ちを言葉にして伝えるのが私は下手くそ。
だけど感情はあるから態度に表れてしまう。笑
最近は無いよ、環境が落ち着いているからね。
自分の気持ちは言葉にしないと伝わらないけど、それが苦手。
物事の捉え方がかなり異なっていた
だから私たちはうまくいかなかった。そう思えただけて本当に嬉しかった。
私はずっと母親の人間性に疑問を持ちつつ、どこかで私が劣っているからだといつも責め続けていた。
優秀な私は私じゃ無いから、褒め言葉が嫌いだった。
劣っているのが私で、劣っているからクズのまんま。
妹は私たちの様子を見て学んだのか、密かに精神を病んでいるのかは分かりません。
私は悪くなかった
私は悪くなかったかもしれないと思えるだけで、かなり気分が軽くなる。
もう少し生き延びていてもいいかなって思えてしまう。
今までの私にはそんなのあり得ないから、まだ少し戸惑っています。
本来、どんな理由があっても虐待は絶対に100%親が悪い。
頭では分かって居るけど心で理解するには、根拠が必要でした。
でも、少数派なのは私の方だから、自分らしさを潰さないようにうまく適応していくべきなのは私の方にあると思っています。
これからどうするのか
音楽漬けになった私の人生、自分を貫いているように見られると思いますが、私は生き延びるために音楽を選んだ事に初めて気が付きました。
やっと私はこれから私の人生を生きていく事になるのではないかと思います。
音楽だけを極めて突き進むのはなんか違うような気がしているので、これから時間をかけて自分の思いを感じ取るところから始まる事になりそうです。
人の役に立てている実感があれば、どんな手段でも社会を生きていく事は可能だと思っているので、悔い無い人生の選択が出来れば良いなと思っています。