水色日記

~家族関係でメンタルをこじらせた私のお話~

無意識の自傷

何かしらで自分を傷つけていないとやっていけないらしい。どうしても。

中1の時にやらかして以来怖かったはずのODが平気になったり、ずっと我慢していたやせ願望と共に食欲不振がが表れて、この身長になってから今が1番やせていると思う。かと思いきや、怖いくらいに食欲が現れて食道が苦しくなるまで食べてしまうこともある。二の腕には謎の痣がある。とてもぶつけたとは考えにくい位置でおそらく私がいつもより少しだけ強くつねっていたのだろう。

 

 食事が取れなくなってきたのは2月に入るか入らないかの頃。大事な試験を控えていたのでそのストレスだと思っていた。本番数日前から食事が取れなくなったのは初めてだけど、それくらい負担の大きい作品と向き合っていたのは事実だったから苦しさとは真っ正面から向き合った。

でも、試験の後この食欲の無さは加速していった。1日500キロカロリーを取ることさえ出来なかった日もあった。さすがに食べなきゃと高カロリーなお菓子を自分に与えた日もあった。

しかしそんな日も長くは続かず、時間はかかったものの食欲は少しずつ復活していった。その頃には普通の人の食事がもはや分からなくなってきて、何を食べれば良いか分からなくなっていった。徐々に1000キロカロリーなら許せるようになっていった。

安定してきたと思ったら今度は反動が出てきた。めちゃくちゃに食べまくりたい。しかし食べると体重が増えてしまい、罪悪感も出てきた。何度かこの罪悪感を思い知り、それから過食衝動が現れたときはかみしめた罪悪感を思い出すことで耐えられるようになった。

そして今日からまた食欲を見失ったのである。

 

カウンセラーに拒食症じゃない?って言われたけど、私はよく色んな人に細いって言われるけど本当は結構重いんですよって反論したら、その発言が出てくるのがおかしいから拒食症だよって言われてしまった。どこかで自分は大丈夫だと思っていたからナチュラルにショックを受けた。だって吐いていないし絶食もしていないし、友達とも平気で外食できるのに拒食って舐めてるでしょ?BMIもまだ17は余裕であるの。もし本当に拒食になっていたとしたら拒食症おデブ選手権で1位取れそう。3食食べてと言われたのが辛くて泣きそうだった。他に身体面の悪影響について説明されたけど、胃が小さくなったら嬉しいし、脳が萎縮したってそもそもが馬鹿だから今更問題点など無い。いつ死んだって私は構わない。

 

自分が痩せたいと感じ始めたのは小5の頃。足の細い子が羨ましかった。その子とは同じクラスで、毎日一緒にトランプをしていた。常に目視でその子と自分の脚の差を計っていた。ずっと私の方が太かった。

もう一つ理由があって、それは家族と似ている自分に耐えられないから。私の家族は明らかな肥満とまでは言わないが、みんな食べることが好きでそれなりの体格をしている。ある日、ふと半袖から見えた自分の腕が母親そっくりでただただ嫌悪感が沸き上がってきた。絶対に似るもんか。痩せているだけで私は家族に馴染まなくなるのであればこれほど簡単なことは無いと思った。

運が良いことに、幸い昔から食が細かった。通常でさえ定食一人前は食べきることが出来ない。まれにやってくる爆発的食欲がようやく人並みの食欲なのである。

 

これが普通の感覚では無いのは周りの大人に何度も指摘されて、自分的には自覚は無いけどそこまでいうならそう思ってもいいかな、、というくらいの認識をしている。あまり痩せたい気持ちは口に出さないようにもしていた。たまに自分に甘くて万年ダイエットしたいだけの人に、痩せすぎて気持ち悪いと嫌みを言われるから。誰にも私の痩せたい気持ちなんて分かって貰えないから。私の自分に甘い人の一人で、摂食障害の人のようにストイックな食生活を送る気力はさすがに沸かないし、考えないようにしたり自分の演奏のためだと言い聞かせて我慢している。

なのに、本当の食欲不振で食べれなくなった時に痩せたあの快感が抑えていた気持ちに火をつけてしまった。普段はそれなりに色々な課題で追い詰められているけど、今は春休みで予定があったとしても普段よりは暇なので余計に食べ物や体型について考えてしまうようになった。

 

冒頭にも書いたけど、何かしらの手段で自分を傷つけないとやっていけないのが今は食べ物に来ているというのもあると思う。と思ったが脚を殴るのに飽きた頃から皮膚摘み取りが再開したり、腕を抓ったり伸ばしている爪を食い込ませたり、軽いODが平気で出来るようになって気が付いたら自分を痛めつけている。それでも食事面は改善しない。これから更に感覚がおかしくなっても40キロを切らないことだけは早いうちから自分に言い聞かせようとしているので、まだ余裕で正常だと思っている。