水色日記

~家族関係でメンタルをこじらせた私のお話~

生きてます

最後の更新が1月でした。お久しぶりです。

とりあえず生きています。とりあえずと言うほど必死ではないですけども。

読者登録をさせていただいている方の記事もまともに読みに行けず申し訳ないですが、これ以上頑張れる気もしないので私のペースで読ませて頂こうと思っています。

 

無事に春休みを迎えたわけですが、バイトをしていたらあっという間に終わりが見えてきてまだ何も休んでいないよぉという気持ちでいっぱいです。お気持ちは相変わらず忙しくて、いつまでこんなことやっているのかしらと考えさせられます。

頑張って働いても、贅沢は出来ないし、贅沢をしたところで生きていたいと思えるようになるわけではないので、希死念慮がやわらいでも楽になったと思えていたのは一瞬で慣れてしまえばまたいつも通りって感じです。

 

最近、愛着障害かなにかをこじらせているのか大人に抱きしめられるのを全力で拒否する夢を見る事が多いです(イタすぎる)。本当は私自身が親から受け取れた愛情はあまりないから欲しいはずなのに、さしのべられた手を払いのけたくて仕方ないのです。今まで助けを求めた大人は表面上は気にかけてくれるけどそれでも他人だから本当に欲しかった母親の愛情のようなものを無償で与えてはくれない事をとてもよく分っているからかもしれません。中途半端な優しさを貰うくらいなら冷たくされた方がよっぽどマシ。というかいつになったら私はジサツするのですか。

それと私自身が本格的に精神を病み始めたときに、やっとこ出した勇気で相談した大人に裏切られたのが大きいかもしれません。あの時言われた「どうせかまって欲しいだけでしょ、腕も本当は切っていないから見せられないんでしょう、本当に死にたいなら死んでみなさい」は一生忘れられない思い出となるでしょう。

沢山母親に怒られて参ってしまった小学生の私は「私が生まれてこなきゃ良かった良かったんでしょ」と言ったらさすがに辞めてくれるのではないかと期待したら「産まなきゃ良かった」と返ってきて余計に絶望したこともありました。

 

そんなこんなで他人のことをそこまで疑いはしないけれども、誰も信用出来ないような状態になってしまいました。今まではこの性格をそこまで不便に感じたことはなかったけど、カウンセリングを受けるとどうしてもこの性格が邪魔になってきます。自分の意思で受けに来たのに自分の本心は見たくないし他人が自分の心に入ってくるのは嫌いと心理士さんに言ってしまうくらいには問題なのかなぁと思うようになりました。人を信じられないから、何かを頼むことも出来なくて沢山1人で抱えてしまうけど、それが当たり前のような気もしてしまって、他人に頼ってばかり居いる人の事をどうしても良く思えないし虫の居場所が悪いときは攻撃したくなったりさえします(ごめんなさい)。

 きっと治した方が良いのだと思います。私も出来ればもう少し生きやすい性格が欲しいです。でもどうしても難しいし、でもやっぱりしんどいし、なんだかもう面倒だし、生きるのって本当に大変ですね。嫌になっちゃう。